StoryTX アベニュー八潮
クライアント:首都圏新都市鉄道株式会社 様
- サービス空間・パブリック空間
- 企画・プロデュース
- デザイン・設計
- 制作・施工
- 内装監理
- 地域の活性
つくり手が、自ら山へ。
伐採にはじまる駅施設のリニューアル。



建築における、間伐材や廃材の利用。それ自体は一般的になってきたが、なぜ間伐材を使うのか、どのように使われるのかまで語れるつくり手は少ない。「つくり手は、使う材料の背景をもっと知る必要があるのではないか?」。今回、そんな課題意識から行われたのが、間伐材の伐採をつくり手自ら体験する「森林保護体験プログラム」だ。つくばエクスプレス八潮駅直結の商業施設「TXアベニュー八潮」のリニューアルにあたり、事業主である首都圏新都市鉄道株式会社様とスペースが共に筑波山に入り、施設に使う間伐材を自ら切って、運ぶ。その体験がどのようにつくり手たちの内外へと影響を広げたか。オープン前から地元で話題を呼んだリニューアルプロジェクトの裏側で、意匠と意義の重なりがもたらした新たなインパクトを紐解く。
「通り過ぎるだけの道」から
「ふらっと立ち寄りたい場所」へ

藤木 康一 様 / 首都圏新都市鉄道株式会社
経営企画部 沿線事業課 マネジャー

柳本 重彦 様 / 首都圏新都市鉄道株式会社
経営企画部 沿線事業課 ゼネラル・マネジャー
つくばエクスプレスは2025年8月に開業20周年を迎える鉄道路線。東京から茨城を20の駅で経由する、首都圏北部の生活者にとってなくてはならない交通手段である。その5つの駅にある「アベニュー」シリーズは、駅直結で通り抜け可能な商業施設群。開業以来、沿線の多くの人々に親しまれてきたが、徐々に老朽化が目立ち始めていた。
藤木:「設備や意匠を一新すべく、2023年からの段階的なリニューアルが決定しました。第一弾として『TXグランドアベニューおおたかの森』をリニューアル。それが成功を収め、次に『TXアベニュー守谷』、そして今回の『TXアベニュー八潮』と、いずれもスペースさんにお願いしています」

藤木 康一 様 / 首都圏新都市鉄道株式会社
経営企画部 沿線事業課 マネジャー
柳本:「この八潮駅というのは八潮市における唯一の鉄道駅で、乗り換え駅ではないにもかかわらず一日の乗降者数は5万人もいます。乗り換え駅だと足早に通り抜けていく人がほとんどですが、八潮は目的地になるため人の滞留が起きます。これは商業的には好条件です。しかし、リニューアル前のアベニューはどこか暗く、ふらりと入れる飲食店が一つもなかったんです。八潮市自体は子育て世代の流入で年々人口が増加しており、発展のポテンシャルが非常に高い街。2024年には快速も停まるようになりました。その八潮駅ににぎわいを生み出すのは、自分たちの使命だとすら思っていました」

柳本 重彦 様 / 首都圏新都市鉄道株式会社
経営企画部 沿線事業課 ゼネラル・マネジャー
オカダ:「八潮の街のポテンシャルを私が実感したのは、駅に隣接する公園を中心に開催されるお祭りに参加した時のことです。すごい熱気で、スーパーボールすくいや射的など、いろんな出店に子どもたちの長い行列ができていて!」

オカダ タクヤ / 企画、デザイン、設計
柳本:「いやぁ、あの日は行列対応をしていて、声をかけられて振り返ったら法被(はっぴ)を着たオカダさんがいたから驚きました(笑)」
オカダ:「なにかお手伝いできることはないかと思い、列の整理を手伝わせていただきました。駅の改修に携わる以上、その街に暮らす人や、日常の雰囲気を自分の目で見ておきたかったのですが、あの熱気を現地で感じられて良かったです」
「裏側」のない設計と、
八潮を感じられる意匠
新しい「TXアベニュー八潮」のキーワードは「まちのカフェ」。老若男女、誰もが気軽に立ち寄ることができて、八潮らしさを感じられる空間を目指し、以前の目的型の店舗から、飲食店を中心ににぎわいを生むテナントの選定が進んでいった。
柳本:「以前はヘアカットやクリーニングなど、目的がある人だけが利用するお店が多かったのですが、それではにぎわいは生まれにくい。より気軽に、誰でも入れて、人が集まるきっかけにもなるような施設にするには飲食店ベースへの変革が必要でした」
オカダ:「また以前は通路の外側からしか各店舗に入れない設計で、主に雨を避ける目的で歩く人が多い印象でした。そのため、今回は通路側と外側、両方にお店の顔をつくり、どちらからでも入れるようにしました。要は『裏側』という概念を無くしたんですね。これにより、中も外も、どこを通っても商業全体のにぎわいが感じられるようになりました」
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リニューアル前
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リニューアル後
デザインには、八潮の街を緩やかに囲む山々の稜線、そして周囲を流れる川の水面という2つの要素のゆらぎのラインを取り入れ、天井のルーバーで表現した。
オカダ:「ただ木を吊るだけではなく、木の表情をいかに綺麗に見せられるかが今回最も難しかったところです。あの下を通る時に木目が綺麗に見える状態にするには木の側面を光らせねばならず、そのための照明の当て方や反射板の角度など、何度も実験を繰り返しました」
藤木:「あのルーバーに鳩などの鳥が止まらないよう知恵を絞っていただいたのが非常に印象的でした。実はリニューアル前は鳥害にひどく悩まされており、鳥の止まりやすい場所には剣山のようなものを取り付けて対策をしていたんです。しかし剣山では見栄えが悪く、せっかくの美しいルーバーにはどうしても取り付けたくなくて……」
オカダ:「あの時は論文を色々と読み漁って、鳩が止まりにくい角度というものがあることを突き止め、ルーバーの上部反射板と、袖看板の上部カバーをその角度にしたんですよね」
藤木:「おかげさまで今のところ鳩は止まっておりません。飲食店からテイクアウトした食べ物を持ちながらでも、安心して下を通っていただけるようになりました」
つくり手が、自ら山へ。
真夏の伐採にかけた想い
ルーバーやベンチをはじめ、今回使った木は全て筑波山の間伐材。つまり無垢材である。昨今は印刷技術が発展し、本物のような木目の再現も可能な中、無垢材にこだわったのには「毎日使う人の多い駅だからこそ、日々目にしていただくものには本物の温かみある素材を使いたい」というつくり手としての想いがあった。そして今回のプロジェクトでは、その無垢材を自分たちで山まで伐採に行く「森林保護体験プログラム」が企画された。
藤木:「オカダさんから、『材料の背景を知るために山まで実際に木を切りにいかないか』とご提案いただいた時、いい企画だなとすぐに思ったんです。ただ予算のかかることですので、実施すれば何か他のものを諦めなくてはならなくなる。実施による費用対効果が具体的に見えない中で、社内のコンセンサスを得るには苦労もありました。しかし、オカダさんは金額面も行程の組み方も、私たちが『これだったら行ける』と言えるものを何度もご提案してくれたんです。それが後押しになり、結局当社からの7名を含む、総勢約20名で行くことが決まりました」
オカダ:「暑い日でしたね。この日のためにオリジナル団扇をつくって皆さんにお配りしたんですが、それでも全員汗だくでしたね」

金城 智史 様 / 首都圏新都市鉄道株式会社
経営企画部 沿線事業課 リーダー
金城:「参加者全員で、直径約50センチのスギの木を少しずつ切っていったのですが、最後に倒れる時のあのメキメキメキ!という音は、なかなか日常生活では聞けない音で大変印象に残っています」

金城 智史 様 / 首都圏新都市鉄道株式会社
経営企画部 沿線事業課 リーダー
藤木:「確かに。テレビで木を倒すシーンは見たことがあっても、実際にその場にいると、こんなに大きな音がするのかと私も衝撃でした」
金城:「さらに、倒れた木をみんなで搬出したのですが、切ったばかりの木は水分を多く含むので想像以上に重くて。これを徐々に乾燥させて、木材として整えたものがデザインに組み込まれるのかと自分の中でつながりました。これまでは木の意匠を見ても『あたたかいな』という印象を持つだけでしたが、今では木の向こうに緑の森が見える気がします」

大植 健司 / 施工
大植:「今回、施工担当の私もこのプログラムに同行したのですが、やはり同様の感想を抱いています。これまではあくまでも建材として『木材』を見てきたのが、体験を通して初めてあの山々の『木』とつながったんです。伐った木が木材になるまでのリードタイムを計算して施工スケジュールを組む等、様々な調整は必要でしたが、その大変さ以上に得るものがありました」

大植 健司 / 施工
数値と物語の両面から、
施設の意義を深める
「森林保護体験プログラム」を通して木材のルーツを知り、森と木にかかわる様々な人の想いを受け取ったこと。それは体験した当事者の意識を変え、熱のこもった「語り」の形で社内外へと広がっていった。
柳本:「アベニューシリーズのリニューアルにはいずれも木がふんだんに使われています。そしてつくばエクスプレスは、筑波山観光の出発地点であるつくば駅と秋葉原を結ぶ鉄道なんです。今回、社員が実際にその山に入り、伐採体験を通してものづくりのストーリーを語れるようになったことには大きな意義があったと思っています。社内的にも初の取り組みで、非常に評価されました」


藤木:「ベンチについて聞かれると、『これは夏の暑い日にですね、ノコギリで切ってきてつくったんですよ!』とついつい熱を持って話してしまいます。それに、木材の性質や間伐の重要性についても現地で専門家からお話を聞いたことで、間伐材の用途や、その活用がいかに森林保護につながるかも実感できました」
大植:「木工所の皆さんの木への愛情も印象的でしたね。あんなふうに木や森を大切に思う方々からバトンされてきた木材なんだとわかることで、デザインへの愛着が増しましたし、ウッドショックや森林破壊などのテーマも前より身近に感じるようになりました」
さらに対外的なアピールを強化するため、ウッドマイレージという形で地球環境への負荷軽減の効果を見える化する提案も行った。
オカダ:「ウッドマイレージというのは木材輸送時の環境負荷を表す指標です。輸送距離が短ければ短いほど、つまり地元に近い山林の木材を使用するほど輸送燃料を消費しないため環境負荷が低くなります。今回使った木材の本数を、仮に国内の丸太の主要産地の一つである宮崎県から取り寄せると303 kg-CO2かかるのですが、筑波産材の活用では105kg-CO2。約65%削減できたことになります」
体験から生まれる価値を
これからのプロジェクトにも
2024年12月11日、新規出店12店舗を迎えて「TXアベニュー八潮」がリニューアルオープン。平日の日中にもかかわらずオープン1時間前から人が並び、配布した花苗は瞬く間になくなった。初日だけで1万人もの人が足を運ぶ大盛況は、地域の期待が大きかったこともその要因のひとつだったという。
金城:「地元からの期待の高さはオープン前から感じていました。実はオープン1ヶ月前に出店店舗の告知を貼り出したのですが、貼っている最中から後ろに人だかりができてしまったほどでした」
柳本:「初日の人の集まり方からも、SNS上のお喜びの声の多さからも、大成功と言えるプロジェクトとなりました。私たちはやはり、生業が鉄道ということもあり、商業的な目線や基準はあまり持っていません。そこを商業空間づくりのプロであるスペースさんにお力添えいただけたからこそ、今回の成功があったのだと思います」
藤木:「意匠が明確に変わったことで、『ここまでが駅で、ここからが商業空間なんだ』という線を引いてアピールできたことが私としては一番大きかったと思います」
柳本:「よく見ると、壁面のレンガに施した加工も素晴らしいんですよね。皆さん口々に『おしゃれだ』と褒めてくださいます。こちらは実は新たに設置したものではなく、リニューアル前からあるレンガを継承し、工夫としてエイジング加工を施したもの。全部職人さんが手で白い塗料を塗ってくださったんです。あれほどの広面積を手作業で塗るだなんて、大変すぎて施工会社さんに断られてもおかしくないと思うのですが、それでも高い技術を持った職人さんが『やってやろうじゃないか』と引き受けてくださる、その信頼関係が築かれているのもスペースさんのお力です」
柳本:「今回の八潮でアベニューシリーズのリニューアルは一旦終了ですが、今後も高架下の活用などには課題も色々と残されています。ぜひスペースさんには引き続き一番の相談相手になっていただけたらと思っております」
藤木:「森林保護体験プログラムのような取り組みを他でもどんどん続けていただいて、そこで得られた知見をまた当社に持ってきてくれたら嬉しいですね」
オカダ:「ありがとうございます。私は皆さんが山から降りてきた後、ヘトヘトになりながら『こんな経験人生で初めてです!今日切った木が自分たちの施設に使われるなんて、すごい!』と感動を伝えてくださった瞬間が忘れられません。やってよかったと心から思いました。皆様には森林保護体験プログラムのみならず、プロジェクト全体に対して常に深いご理解をいただいてまいりました。そのご理解がなければ3施設のリニューアルの成功はありませんでした。とても感謝しております。今後、材料の背景の理解という意味で、木材以外にも広げながらさまざまな切り口で『つくる責任』につながる取り組みを行っていきたいと思っています。単に綺麗にする、にぎわいを生むだけではない、そのプロジェクトの社会的な意義がより深まるようなご提案をこれからも大事にしていきたいです」
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撮影:ナカサアンドパートナーズ
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撮影:ナカサアンドパートナーズ
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オカダ タクヤ商環境研究所
本プロジェクトにおける役割:
企画、デザイン、設計 -
大植 健司東京本部
本プロジェクトにおける役割:
施工
業務範囲:ディレクション/ 企画 / デザイン/ 設計/ 制作/ 施工/内装監理
(※肩書きおよび所属は2025年6月時点のものです)